生きるって大変。失敗ばかりの人生だから前に進めないの?

死にたいと思ったことあります?私、毎日思っています。
でも生きてる。なぜって、死ねないから。死んでもダメだと思うから。
だからしんどい。毎日なんだか疲れてる。生きることに疲れてる。
それでも、死ねないなら生きるしかないし、生きるなら幸せになりたい。

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どん底なら、あとは這い上がるだけ!は、半分ウソ。

会社を潰した時、これがどん底というものか・・・と思いました。

でも、どん底よりまだ底がありました。

奈落の底だと思ったところはちょっとしたでっぱりに引っかかってかろうじて止まっただけ。

やがてもっと深い底に落ちていったのでした。

でっぱりに引っかかって止まった時、きっとロープみたいなものが垂れ下がっていて、それにつかまっていたら脱出できたんだろうと思います。

でも、私は気付かなかった。

そしたら、堕ちた。

ただ落ちたのではなく、”堕ちた”。

もう簡単に這い上がれないほどに ”おちぶれた” というか、崩れ落ちたというか。

今思えばそういうことだろうと思うのね。

奈落の底に落ちたのならあとは上がるだけ、上がるしかないならこれ以上落ちることはないだろう、時が経てば上がるのだ。

そう思った私は、上がる努力をしなかったんだと思う。

というか、その手段がなかった。

というか、その手段を見つけようともしなかった、今思えば。

私の黒歴史。

どん底に落ちたらあとは這い上がるだけ は、ウソ。

”どん底” と自分が思っているだけで、もっと深い底があればまだ落ちる。

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死ねない理由

そりゃあ、食べなきゃならないし、母の生活もかかっていたので働きましたよ、やっつけ仕事をして。

でも、やっつけ仕事だから。

将来の展望もなくただただ日銭を稼ぐ仕事。

心も晴れないし、いつも疲れていて、毎日死にたいと思ってました。

でも死ねなかった。

以来ずっと、心の内に死にたい願望を抱いたまま、生きています。

死ねない理由。

一番の理由は、お金がないから。

死ぬのにもお金がかかるのよ。

私が今死んだら、残された夫と母はどうなる?

夫ももういい加減トシだし、今は私がいるから頑張って働いてくれているし、安心して(と思う)暮らしているけど、私が死んだらこの人生きていけないだろうなぁ。

夫が先に逝ってもきっと私はそれなりに生きていけると思うけど、この人、きっとムリ。

母は80歳で独り暮らし、持病がちょっとひどくなってて。

私は1日おきに母に電話をし、最低月1回は母宅へ行きます。

母は昔から私への依存度がとても強くて、私はそれが小さいころからとっても重かった。

子離れしていないというのともちょっと違う気がするけど、母は私が死んだら(まして自殺なんてことで!)マトモではいられないだろうなぁと思う。

うなるほどのお金があれば、この二人を残していってもどこかでどうにか生きていってくれるかもしれないけど。

私が死んで二人が残ってお金もなくて、そしたらこの二人はどうなるのか。

嘆き悲しみ救えなかった後悔に苛まれて、それこそ自殺するんじゃないかと思うのね。

二番目は、怖いから。

やっぱり死ぬのは怖い。

どんな方法にしてもあとがヒドイと思う。

一気に死ねなかった時のことを考えるともっと怖い。

雪山で凍死するのが一番良さそうだと思うけど、詳細に死に場所を残していっても捜索とか後始末とかあるでしょ。

勝手に死ぬのに人様に多大な迷惑をかけてしまうのはどうにも心苦しすぎる。

この2つの理由によって、やはり天寿を全うするしかないと、どう考えてもそこに行き着く。

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死ねないなら生きるしかない、と思えば地上には出られる

それとね、

生きている時のことは、生きている時にしか解決できない。

誰が言ったのか、どこで聞いたのかも覚えていないけどこのことがどうしても頭から離れなくて。

実際、そうだな、と思うのね、何かにつけて。

死にたいと思うけど、今私が抱えている諸問題は、私が死んだら解決するのか。

私は楽になるのか。

否。

問題はもっと大きくなるし、私は地獄に落ちる。

楽にはならず、後世にその ”罰” を残してゆくことになる、と、確信するほど強く思ってしまう。

だけど、私、本当によく頑張って、耐えて生きて来たと思うのよ、心の一方では。

人を傷つけたり裏切ったこともあるけど、その裁きはどこかで受けていると思うし、償う努力もしたと思う。

それでもまだ足りないの?

どん底とか奈落の底という所からは脱出できた感じだけど、どうも地上に出たその場所から前に進めない。

ある時、今更のように気がついて。

頑張った、努力したといったって、方向が違ってたらダメじゃん?

北海道に行きたいのに、九州に向かってたら永遠に着かないよね?

地球一周して奇跡的に北海道に着いたとして、そのまえに寿命が尽きるわ。

努力とか頑張りとか、方向が正しくなきゃ自己満足でしかない。

目の前のことをどんなに頑張ったって、継続して結果を出せる何かにつなげなかったら、すぐに頑張れない年になっちゃう。

人は絶望すると、そんな簡単なこともわからなくなってしまうのか。

生きるしかないなら、生き続けるための ”最善策” を考え続けなければならないんだよ。

バカな私はイイ歳してようやく、ホントに今更のようにそう思い、今頑張ってる。つもり。

けど。

頑張ってるけど数ミリしか進めない(数ミリは進んだ)。

前に進むって、こんなに難しいことだった?

私のしてきたこと、失敗の数々は、そんなに大きなしっぺ返しを食うことなの?

まるで前世はとんでもないろくでなしで、その報いを今受けているような気がしてくるわ。

そう思っちゃったら今度はそれが離れなくて。

私は報いを受けている。

どんなに頑張っても、”私の精一杯” は 償いに消えていく。

私自身が報われることはないのかもしれない・・・。

そうに違いない、いや絶対そうだ!

本当にそれが真実のように思えてきて。

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その先どこまで前進するか、自分で決めるしかないから

結論。

死にたい思いを抱いたまま懸命に生きる。

死んでも何も解決しない。

間違った方向に努力しても報われない。

前世の報いを受けている。

これはたぶん、いえ、絶対に、真実なんだと思います。

まぁ、だったらそれでいいや、と思います。

死ぬことが出来ないなら生きて、前世の罪を償うために生きようと、思います。

だって私が頑張らないと後世に ”罰” を残すのですから。

私が前世の罪を償っているのだとすれば、ますますそういうことになるわけで。

別に私、スピリチュアルな人でもないし、何か特別な信仰をもっているわけでもないです。

でも、ご先祖様や八百万の神々(やおよろずのかみがみ)や、超常現象ってホントにあると思うし、世の中非科学的なことであふれていると思うので。

それに、昔のカレとね、

「生まれ変わったら一緒になろうね」

って約束したのよ。

生まれ変わって、罪を償う人生になったらカレは不幸よね。

現世で報われないなら、私は来世に賭ける!

今は小さな幸せを感じられるように生きよう。

バカな頭で、資格も特技もない凡人が、出来るだけの精一杯をもって生きてみよう。

大きな成功と大きな幸せは生まれ変わってから味わおう。

私の「成功」や「前進」の目標はそこに置くことにする。

その目標達成のために、努力の方向を間違わないように一所懸命考えて日々を歩いていくしかないもの。

これからだって脱力したり絶望したり、死にたい気持ちが強くなったりする時は必ずあると思うけれど(今もちょっとそれ気味)。

暗黒のあの頃もそうだったように、今日1日生きて、明日また考えよう。

それを繰り返しているうちにまたちょっと元気になって、また前を向こう。

今はそれだけ、決めておこうと思います。

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