奈落の底から私を救った思いがけない人の一言。

少し明るく見えた窓

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私、生きてていいんだ・・・

私は都内に借りていた事務所で、家業と自分の会社の”残骸”に埋もれて引きこもっていました。
自宅には週末しか帰らず、ずっとパソコンに向かっていました。

細々と友人から仕事をもらった仕事をしていたのだけれど。
思考停止状態で良い仕事が出来るはずはなく、そのわずかな仕事も打ち切られようとしていました。

相手にしてみれば当然のことで、私がその人の立場ならもっと早くに縁を切っていたと思うくらいなので一言も逆らうことは出来ず、成り行きに任せていました。

一方ではどうにか定期収入の道を見つけないと本当に死んでしまう危機感はあるんです。
インターネットで仕事を探す毎日でしたが、頭は使いたくない、長時間は耐えられない、賃金は出来るだけ多くもらいたい。
って、そんな仕事があるわけない。

もうどうして良いのか、誰に相談して良いのかわかりませんし、相談する人もいませんでした。

当時のパソコンは Windows Me から Windows Vista に変えたまま使っていた頃だと思います。
Windwsは95から使っていて、よくこんな素晴らしいモノを作るもんだと感心する反面、マイクロソフトはなぜいつもOSを中途半端なまま売り出してしまうんだろう、と不思議でした。
その中途半端なOSで、フリーズしたりいきなり落ちたりしながらメンテもせず買い替えることも出来ずネットサーフィン(古っ!)をしていました。

当時のインターネットは今ほど充実していないし、YAHOO!が全盛でGoogle先生もまだいないし、ブログではなくホームページ全盛の時代でした。

使う私も今ほどこなれていないのでネットサーフィンの言葉通りただ眺めるだけのものだったように思います。

今のように個人の情報発信者が多く、検索機能も発達していたらあるいは相談できるところを見つけたり、もっと早く活路を見出せたかもしれないな、と、今、思います。

生きる気力を失い、働くこともままならず、奈落の底のもっと底に落ちている、と思いました。

今までだって、挫折したり失望したりしてどん底だ、と思ったことはあるけど、あんなの奈落の底でもどん底でもなんでもない、ちょっと溝に足がはまっただけだった。

会社を閉めて奈落の底に落ちたと思ったけど、状況はどんどん悪くなっている、奈落の底よりさらにもっと下の、底の底まで落ちた。
這い上がるすべも知らない。
今日が終わる時の自分すら想像できませんでした。

そんな時、
「ちょっと来い」
と呼ばれました。

その人は大富豪で社長さん、私がやっていた会社の仕事でお世話になりました。
イイ男で腕っぷしも強く、色々な修羅場もくぐりぬけて来た、男気のある人です。

いつもやり込められて悔しい思いをしていたし、つかみどころのない、信用できない人だと思っていたのですが、仕事には厳しく、この人はやっぱり大物なのか? と感心することも度々で、あこがれも感じていました。

ちょっと来い、と呼ばれたので怒られて絶縁されるのだろうと思ったらご飯を食べさせてくれました。
この人にすがりたい、と思いました。
お金を貸して下さい、と言ってみようか・・・。
そう思った矢先、先手を打たれました。

「俺は今、あんたを助けるくらいの金はすぐ用意できるよ。でも出さない。今、いっときを助けたってなんにもあんたのためにならないんだ。しっかり落ちてしまわないと、あんたは自分のしたことを本当に理解することができないからね。」

どきっとしました。

そしてこうも言いました。

「大丈夫、ちゃんと浮かび上がる時が来るから。今は安心して落ちてなさい。」
「あんたはバカだけど目の付け所はいいんだよ。仕事も出来る。でも金をいじっちゃダメだ。」

観念しました。
目が覚めました。

そして、なんだかものすごく安心しました。

私、落ちてていいんだ。
私、生きてていいんだ。

それにしても傷口に塩を塗るような荒療治じゃないの。
効き目はバツグンだけど。

今も思い出すたびに涙が出て、苦しい思いと同時にものすごく安堵したのを思い出します。

少しづつ、元に戻ろう。
とにかく、生きていこう。

事務所に戻ると窓が少し明るく見えました。
この部屋の窓なんて見たことなかったな・・・。

モノでいっぱいの事務所から、まだ捨てられないもの(この期に及んでまだあるんかい!)だけを家に持ち帰り、事務所を引き払いました。

ここの家賃が浮いて、自宅しか帰るところがなくなったのは大きな前進でした。

夫は何も言いませんでした。
事務所の片づけを手伝いながら少し安心したようでした。

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