人生うまくいかない、やり直したい。50代で生き直す道を探す日々

人生やり直したい。きっと誰にでも1度や2度はありますよね、そんな時が。
気持ちをどう切り替えたらよいかわからないし、切り替えようにもマイナスなことしか思い浮かばなくて。
どんどん深みにはまって鬱になるんじゃないかと思ったり、実際鬱になってしまったり。
辛いです、本当に。
でもね、今は思います。必ず突破口があるって。

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お先真っ暗な私の人生・・・

止まない雨はない。

朝の来ない夜はない。

死ぬこと以外はかすり傷。

生きてるだけで丸儲け。

慰めのつもりなのか自らを奮い立たせるためなのか、それだけ誰にでも何度でもツラい時が訪れるということなのか、ツラい時の「名言」ってたくさんあるけど。

本当に落ちている時は何の慰めにもならない。

人間、こんな風に真っ暗な時があるんだな、真っ暗で土砂降りの時が。

若いとか中年だとか歳なんて関係なく、貧乏とかお金持ちとかも関係なく、持てる人も持てない人も、落ちる時は落ちる。

心の中まで雨が降る・・

心の中まで雨が降る・・

もうムリ。

立ち直れない。

将来なんて描けない。

生きてさえいたくない。

お先真っ暗な私の人生。

何がいけないのか、どこがいけなかったのか、誰のせいなのか。

誰のせいにも出来ない自分の落ち度も、実はわかってる。

でも。

そんなに私が悪いの?

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世の中には「原則」があるだけ

世の中はすべて相反する2つのバランスで成り立っているという原則があるらしいです。

「正」と「負」

「光」と「影」

「プラス」と「マイナス」

「頂上」と「谷底」

「晴れ」と「雨」

「吉」と「凶」。

なるほど、そりゃまぁ、そうなのかもね。

それなら今、どん底に落ちている私は間違いなく「負」の状態でしょう。

でも、「負」のスパイラルにハマっている時にそれを逆回しにして「正」のスパイラルにするには相当な、ひょっとしたら”とてつもないチカラ”が要るはず。

ちょっとやそっとじゃムリ、私にはムリだよ。

そう思いました。

どんなにあがいてももがいても、この奈落の底から這い上がる力なんてない、私には無理。

けれど、やっと最近、突破口が見えてきました。

ものすごく時間がかかるかもしれないけど、9割あきらめて生きているかもしれないけど、残りの1割だけでも明日を向いて進む気持ちを持っていれば、出口は見つかる、と信じられる日が来ます。

というか、生きていれば必ず「正」の状態になる時が来ます。
ハレの日が来ます。

光と影、南向きの窓と北向きの窓

光と影、南向きの窓と北向きの窓

これはかなりホントです。

神道とか宗教とかスピリチュアルの話でもなく、超能力とか引き寄せの法則でもありません。

良い時もあれば悪い時もあるさ、それが世の中の原則だからと、わかる日が来ます。

だからといって何もせずにいれば何も変わらないかもしれないし、今がどん底どころかもっと深い底に堕ちてしまうかも。

それでも、世の中の原則は自然の摂理に従っているわけで、それを意識して生きることでこそ、「負」を「正」に転じることが出来るんです。

頭で理解しても、何も出来ない時もあるし何をしてもうまくいかない時があります。

そんな時は割り切って、ただただ今日を生きるために最善を尽くすこと、これに限ります。

お金がなければないなりに、今日をどう乗り越えるか、それだけに集中して夜はきちんと眠りましょう。

人間、睡眠が何より大事です。

100円持っていたらラッキーです。
今どきは100円でカップラーメン1個、スナック菓子なら2袋買えます。

お金がゼロだったら恥を忍んでご飯をおごってもらいましょう。

交番に行って財布を落として電車賃もないと言ったら千円くらい貸してくれます。

とりあえずお腹をそこそこ満たし、すべてを忘れてひと晩ぐっすりと眠りましょう。

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まずは自分を少し楽にしてあげる

寝覚めが悪いのはあたりまえです。
何もかもうまくいかないと思っているのに、さわやかな朝は来ません。

朝からどんよりして身支度を整えるのでさえしんどい日々が続いているかも知れません。

それも今は仕方ありません。

私もかつての自分を思う時、よく耐えたなと思います。

どん底に落ちて動けなかったあの頃。

あんなに食べることが好きだったのに、食事を摂らなくなり、激やせしました。
明日なんて見えなかった。
当然まともな仕事は出来ず、小銭を数えて暮らしていました。

自ら死ぬことは出来なかったけど、死んだように生きていました。

でも、ある人の言葉で救われました。

「必ず復活する時が来るから。今はちゃんと堕ちて、自分のことを見つめ直しなさい。」

その人はお金持ちですが自分に厳しく生きている人でした。

「今、金銭的にアンタを助けることは出来るけど、それはアンタのためにはならないからね、助けないよ。でも大丈夫、ちゃんと見てるから。」

傷口に塩を塗って治す荒療治か!

すごくイタかったけど、なんだかホッとしました。

それまでずっしりと重たかった心が、ふっと軽くなったのです。

私、堕ちてていいんだ。

そう思ったんですね。

そうしたらなんだか安心しちゃって。

翌朝、起きて窓のカーテンを開けた時に久しぶりに明るく感じました。

それまでは朝の光なんて感じなかったのに。

窓から射す光を感じた朝

窓から射す光を感じた朝

それから心が少しづつ回復して、まずは仕事をしよう、と思ったわけです。
何をするにもちゃんと食べてちゃんと眠れるようにしなければどうにもならん、と。

で、まずどん底の超貧乏な生活をマトモな生活にすることが何よりも先。

とにかく現金が欲しかったから、犯罪以外は色々なことして現金を稼ぎました。

現金を稼ぐ仕事は、結局は労働力と時間の切り売りです。

数年やって、何とか表向きは人様並みになったところで倒れて入院しました。

1週間の入院で済んだけど、歳もトシだし、倒れたら余計な出費が増えることを痛感して正社員の事務職をゲットしました。

とにかく体が資本、健康が一番安上がり。

それでも心身ともに疲弊していますから、いきなりバリバリ働けるわけもなく、お給料は少ないけど誰にでも出来る、あまり頭を使わない仕事がいいなぁなんて基準で選びましたけど。

相変わらず小銭を数える日が多いけど、毎月定期的に収入があるということがどれだけ安心か、初めて実感しましたね。

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今日がダメなら明日があるさ

人生は瞬間で変わる。

人は、瞬間で変わることが出来るんです。

変わる、ということを実感するには時間がかかるけど、私の場合はたぶん、働こう、と思った時と、体力維持のために事務職を選んだ時が、私の人生を変えるポイントだったと、今思っています。

他人を変えることは出来ないけど、自分を変えることは出来ます。

言い換えれば、他人を変えることは出来ないので、自分が変わるしかないんです。

他人と過去は変えられないけど、自分と未来は変えられる。
これは本当ですね。

何をしてもうまくいかないのは、何と比較してうまくいかないと思うのか?

人と比べて自分はうまくいかないと思っていたらいつまで経ってもうまくいかないことだらけです。

何をしてもうまくいかないのは、うまくいくための道(方法)を選んでいないからではないですか?

こんなに頑張ってるのにうまくいかない。
そんなことはいくらでもあって、ダメなら次へ行く、トライアンドエラーを繰り返すしかありません。

目指す方向をコロコロ替えていたらどんなに努力してもまたイチからやり直しなのは当たり前、その代わり広く浅く経験が増えるでしょうけれど。

もしかしたら、「何をしてもうまくいかない原因」に自分自身は気付いているかもしれませんね?

だって、どんなに不運なことが起きたって、その時にどうするかを決断したのは自分だったはずです。

あの時あんなことが起きなければ!

あの時のあの人のせいだ!

そう思うことがあっても、騙されてもそそのかされても、最終的に選択したのは、どうするか決断したのは、他ならぬ自分です。

不幸な出来事ではあったかもしれないけど、自分の責任は決してゼロではない。

いえ、むしろ何を取っても自分のせいでしかない。
私はそう身に染みて感じて打ちのめされ、立ち上がれなくなりました。

生きている価値さえない。
そう思いました。

先ほどのは、そんな時の恩人の言葉だったんです。

「必ず復活する時が来るから。今はちゃんと堕ちて、自分のことを見つめ直しなさい。」

そう、自分で感じるしか、自分の頭で考えるしかないんです。

周囲は好き勝手なアドバイスをします。

ありがたく拝聴して、その中で自分はどうするべきか、決められるのは自分でしかありません。

他人の基準で生きることは出来ません。

どの方向を見たらよいのかわからない、にっちもさっちも行かないときは、まず目の前の問題からひとつづつ取り組んでいくしかありません。

結局、何事も1歩1歩、階段は1段ずつ上がるしかない

今日食べることもままならなかったあの時。
今は不自由なく暮らしているけれど、ここまでの道のりは平坦ではなかったし、まだまだ途中です。

でも、あの頃があったから今がある、と思えるようになってきました。

必ず晴れの日が来る

必ず晴れの日が来る

自分が置かれている環境の中で出来ることは何か。

階段は、1段づつ上がるしかないんです。

2段も3段も飛ばして上がることは出来ません。

まれに、出来る人も要るかもしれないけどほとんどの人は出来ません。

今日の自分は、昨日までの自分の結果でしかない。

良くも悪くも、それは確かなことです。

「凶」は悪くない

「凶」は悪くない

おみくじの「凶」は悪いことではないといいます。

今注意すべきこと が書いてあるのであって、今が凶だということではないのだそうです。

むしろ「大吉」を引くほうがちょっと警告だと思いましょう。

世の中は相反する2つのバランスで成り立っているので、絶好調に良い状態の次にはちょっとケガをするかもしれないから。

「負」のスパイラルを「正」に巻き戻すには相当なエネルギーが要りますのでそんなにすぐに好転しないです。

初めはゆっくり、ほんのわずか、かすかな兆ししか見えてこないけれど、この間に蓄えたもの、自分を磨くとか、本を読むとか、資格を取るとか、そういうものがやがて一気に花開く時が必ず来ます。

苦あれば楽あり。

人生すべて塞翁が馬。

この世で起きたことはこの世で解決するしかない、あの世へは持って行けません。

死んで花実が咲くものか。
と、昔の人は言いました。

一生懸命生きて、今の不幸は将来の幸せのための試練だとハラをくくって小さな努力を続ける私です。

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